momo

2020.03.08

いとこ会のすすめ

 

こんにちは。

momoレンジャー兼理事のまなみんです。

 

突然ですが、私には父方の従兄弟が4人います。

 

全員名古屋出身で、内2人は同じ小学校出身。近くに住んでいることもあり、子供の頃から毎年正月や法事で顔を合わせてきました。

 

幼い頃の正月は、毎年私の家に親戚一同が集まり、子どもたちはお年玉代わりのおもちゃをもらい、大人は浴びるようにお酒を飲んで、大声でどんちゃん騒ぎながら、おせちや鍋を楽しくつついたりしていました。

 

一番歳の若い従兄弟が大学を卒業したことで、毎年恒例行事になっていた正月の集まりは、2年前に開催されなくなってしまいました。

 

それでは寂しいので、従兄弟だけで毎年正月に飲み会を開いています。

 

その名も「いとこ会」。

 

私たちは親の年齢が近いこともあり、階段のように一つずつ年齢が違います。

 

大人になった今でも、「いとこLINEグループ」を作るほど仲がいいです。

 

私にとっては普通のことも、世間では特殊なことのようで、いとこ会の話をすると珍しがられます。

 

 

■そもそも親族は何のためにいるのか?

 

核家族化が進んだ昨今では、親族とは葬式でしか会わないという方も多いみたいです。

 

自分の従兄弟が、どこに何人いて、どんな仕事をしているのかを知らない方もいると聞きます。

 

あまり考えたことはないですが、そもそも親族とは何のためにいるのでしょうか。

 

 

■10年ほど前の事件

 

内田樹さんは、こう言っています。

 

―ある大企業に勤めていた独身サラリーマンが失職したあと、一気にホームレスまで転落して、寝泊りしていたネットカフェに放火するという事件を起こしたことがありました(もう覚えてないでしょうけれど)。

 

僕はその人の「失職」から「ホームレス」までのコースのシンプルさと、所要時間の短さに驚きました。

 

彼には両親が残してくれたマンションがあり、当座はそれを売った金で暮らしていたのですが、すぐに底をつき、そこからネットカフェ難民になるまでさしたる時間はかかりませんでした。

 

失業後のリスクヘッジをしたのは「親が残した資産」です。広い意味での親族関係がふつうは人間が社会的に孤立することを防いでいる。

 

でも、たぶん彼の場合は「おじさん・おばさん」とか「いとこ」たちとはほとんど付き合いがなかったんだろうと思います。

 

「親族なんだから助け合わないと」というような相互扶助義務を感じる親族がいなかった。

 

少し前までなら、そういう親族を訪ねて「なんとかしてください」と頼めば、面倒を見てもらえた。―

 

 

■社会的包摂としての親族

 

―親族とは別に、こういう親族がいると「自分らしく生きられる」とか「幸福になれる」とかいう個人的幸福のために形成されているわけではありません。

 

人が無一物で路頭に迷ったときのセーフティネットとして存在するのです。―

 

 

『社会的包摂の一部として結婚があり、血縁や婚姻によって縁を持った集団=親族が大きな“かぞく”として強靭な社会的セーフティネットになる。』

 

彼の意見は頷けます。

 

私の親族に、現在身体的に調子の優れない者がおります。

 

優れない時こそ親族で助け合う、私は、そういった関係性を大切にしたいと思っています。

 

経済も環境も不安定。なかなか当てにできるものがないだからこそ、親族の縁を温めておくのはいいことなのかもしれません。

 

みなさんも来年は「いとこ会」を開いてみてはいかがですか。

                    

                                                         momoレンジャーまなみん

                     

                                                     (参照:「困難な結婚」内田樹著)

 

感想:親族とは。身内とは。”かぞく”について考えるいい機会になりました♡

 

2019.11.26

「生きる」を考える哲学カフェ

こんにちは。momoレンジャーのゴリです。

先日、momoの元理事の藤岡さんと「哲学カフェ」なるものを開催しました。

 

 

 

フジオカデザイン事務所の一風景。哲学カフェに相応しい落ち着いた雰囲気。

 

◆哲学カフェ開催の経緯

 事の発端は、藤岡さんがFacebookで哲学カフェ・バー的なものをやらないかと発信した事がきっかけ。

話すテーマ(案)は、

・はたらくことの意味

・生きることの意味

・人生の楽しみ方

・大人の音楽の愉しみ方

などだったそう。

最近「生きる」ことや「はたらく」ことの意味について考えていた私にとって、是非とも話したいテーマでもありました。

 

当日は、主催の藤岡さんと私に加え、偶然藤岡さんと打ち合わせをしていた井上たけひろさんと一緒にお話をしました。

 

◆テーマ1 ~みんなの生きる意味とはどんなものか~

 

 私は、5月に起きた交通事故をきっかけに「明日死ぬかもしれないから、今できることをやろう」と、今を一生懸命に生きる大切さを感じました。また、8月に経験した無人島ツアーでの「生物的に生きる意味はないが、知性を持つ人間だから生きる意味を付与することができる」との学びより、生きる意味は自分自身で見出せるものではないかと話しました。

 これに対し、井上さん。健常者と異なり、社会的弱者はスムーズに生きられないこともある。社会的弱者との関わりが深い井上さんだからこそ言える異なる視点からのメッセージを強く感じました。

 

まとめ:境遇も考え方も人それぞれ。私もかつて引きこもりを経験したことから、今のような考えを持てなかった頃もありました。人それぞれ見える景色が異なるからこそ、「生きる意味」は変わってくるのかなと思いました。

 

 

 

ゴリの力説中風景。話したいテーマがあったので、たくさん話してしまいました。笑

 

◆テーマ2 ~今生きているなと実感する瞬間はいつ??~

 

 私:「料理を振舞って、みんなが笑顔で食べてくれているとき」

 この瞬間が最高なんです。「食べること」は生きるために必須だし、みんなで「共有する時間」がその瞬間でしか感じられないものだから。生きている実感って、儚くて尊いんだなぁと、終わってから振り返ってしみじみ感じます。

 井上さん:「めざましTVの占いを観ながら1日を想像したり、その日の入浴中にその日のルーティーンを振り返ってみたりするとき」

 確かに、「今日はこんな日になるのかな? ⇒ 今日はこんな日だったな~」という振り返りが一日の「生きている実感」になるのかなと思いました。

 藤岡さん:「夜のドライブの酩酊感と逆境の緊張感」

 夜運転中、寄り道などしながら帰る際、コーラを飲むと酔った気分になるという藤岡さん。その最中の酩酊感に生きた心地がするそうな。また、逆境に立った際のプレッシャーを感じる時に、生きる実感があるそうです。かつて勝負師だった藤岡さんらしい回答に納得しました。

 

 まとめ:後日談で、Facebook上で藤岡さんがテーマ2をシェアして質問した際、返ってくる答えは人それぞれでした。「お酒やおつまみが美味しいなと感じたとき」や「悲しいとき」など、十人十色の回答は本当に興味深いものでした。あなたの今生きているなと実感する瞬間はいつ??

 

◆テーマ3 ~「はたらくってなんだろう?」を大人が若者に説明するには?~

 

  井上さん:「自分は〇〇だっていうしっかりとした考えがあればいいのでは?」

 芯を持った考えがあれば、深く悩まずとも「はたらく」ということが自分なりにおいおい分かってくるものではないか、と井上さん。確かに、考えすぎるより素直な自分の信念に従うのがよいのかもしれません。

 私:「色んな生き方があるんだな、と感じられる様々な境遇の人の経験談を聞ける話し合いの場があるといい。その話を踏まえた上で、結局は本人が答えを出すもの。」

 実際、私が就職活動をしていた時、似たような会社員の知り合いが多かったからこそ、限られた考えの中で「はたらく」ことをイメージしていました。けれど、例えば自営業の人の話を聞いたり、異なる業種の方のお話を聞くことで、「こんなはたらき方もあるんだ」と、違った視点でのはたらき方を感じたこともありました。

 藤岡さん:「やりたいことがない、という学生になんと声をかけるか。能力のない人に、好きなことをやればいいんだよというのは、耳障りでなくかっこいいけど、無責任でもある…」

 私もやる気がない時や、目標達成して燃え尽き症候群になった時、似たようなことを感じる時期があり、そういった人たちを見ると羨ましくもあり、眩しすぎて距離を置きたくなる気分になることもありました。はたらくことの意味付けは本人にしか決められないから難しい問題だと思いました。

 

 まとめ:後から振り返って感じたこととして、時代背景や当事者の境遇などで伝え方は変わるのかな、とも思いました。(だからこそ難しい。)そして、先日momoが主催したForaの完済イベントの後半の内容が近いものだったのかなとあらためて思いました。(http://www.momobank.net/news/2958/)「なんのために大学に行くのか?」「今の進路は自分で決めた進路か?」「今後の進路はどう決めたいと考えているか?」など。参加者アンケートでも「話し合いを通して考えるきっかけができてよかった」などの感想があり、学生・社会人ともに実のある時間だったそう。色んな属性の方との対話は、考えの幅が広がり新たな気付きや学びが得られる時間なのかなとも思いました。

 

◆哲学カフェを終えて

 

「生きること」「はたらくこと」について開催された哲学カフェ。

私たちは「命」という有限の時間の中で何に価値を見出し、自分の想いをどう投じるのか?

何のために?生きる意味は?はたらくのはなぜ?

色んな方のお話を通じて、色んな風景が見えました。

今後も自分も含め、色んな方の価値観に向き合ってまいりたいと思います。

 

 

 

「生きる・はたらく」をテーマに思い思いの話をする井上さんと藤岡さん。

この度は興味深い話題を提供してくださりありがとうございました!

また哲学カフェの開催の折にはよろしくお願いします!

2019.05.31

意識高くなくたって。田舎とマルシェと、 私たち。

街の未来を考えよう、発展途上国の子どもに教育を届けよう、選挙に行こう、多様性を大事にしよう、災害に備えようー。

 

こう社会に呼びかける人がmomoの周りにはたくさんいて、私もその1人だ。

 

しかしその中の多くの人が、特に私のように学生時代から活動してきた人は、何度もきっと揶揄されている。意識高いね、と。

 

別に、意識が高いと言われることが嫌だと言いたいわけでも、言った人を非難したいわけでもない。

 

ただずっと、このままじゃいけない、と思っていた。

 

理由はシンプル。まちを作るのは「意識高い系」だけではないから、だ。

 

*****

 

2019年3月30日。

私は地元のメンバーと一緒に「恵那峡レイクサイドマルシェ」という、野外マルシェを開催しました。

最初は100人200人呼べれば…と言っていたイベントのはずなのに、蓋を開けてみれば来場者数は1500人以上。

 

私の知り合いも、何人も来てくれました。

まちづくり活動で出会った人、移住した人、仕事で会った人、NPO活動の先輩、小学生の時の塾の先生、中学生の時の社会の先生…。

 

みんな私の日頃の活動を気にかけてくれて、見守ってくれて、応援してくれて、期待してくれる、そんな温かくて頼もしい先輩たちです。

そんな人たちが来てくれてとっても嬉しかった、と今でも強く思います。

 

それでも。

嬉しさに順位をつけるような言い方になってしまうのは心苦しいけれど、22歳の私が胸が踊るように嬉しかったのは、高校の後輩や、中学校の同級生が来てくれたことでした。

伝統文化を守りたいとか、里山を守りたいとか、まちを持続したいとか、地元事業者を盛り上げたい、とか。

まちを大切に思うかっこいい大人たちが私は大好きで、大切で、何回でも会いたいと思います。

 

でもどこに行っても、いつも私が一番年下でした。まちの未来を考えるような意識高い同世代なんて、ほとんどいないのが現実です。

 

だからと言って、それを当然の現実として受け止めていても、まちは面白くなりません。

 

ただマルシェを楽しむ、というのはとても些細なアクションかもしれないけれど、地域らしさに触れることの少ない私たちの世代にとっては、大きな可能性を持ったアクションだと思います。

 

最初から意識高い呼びかけにピンとこなくても、ただ楽しいとか、面白いとか、そんな感情の動きが、これからのまちの担い手を生み出すかもしれません。

 

***

 

高校の後輩も、中学校の同級生も。

 

まちの未来には興味がないかもしれないし、選挙に行かないかもしれない。

でも10年後には、地元の未来が気になるかもしれないし、選挙に行きたくなるかもしれない。

 

 

 

意識高い輪が広がらなくても、このまちはもっと素敵になれる。

 

そのスタートがこのマルシェだったと、10年後に振り返れますように。

2019.02.28

「愛するということ」

 

 ある日、失恋した私に友達が本をすすめてくれた。エーリッヒ・フロムという哲学者の「愛するということ」だ。それからというもの失恋するたびにページをめくる。この本は愛について語っているが、愛という現象について理論的に捉えた学術書で、巷に多く出回っているようないわゆる恋愛マニュアルではない。一行目にはこう書かれている。

 

—愛は技術だろうか。技術だとしたら、知識と努力が必要だ。—

 

 作者は愛は感情ではなく、技術だという。技術だから習得ができるんだよ。愛を諦めちゃいけないよって優しく伝えてくれる。今回は私が特にハッとさせられたり、ここ好きだなというおすすめ箇所を3つ要約してお伝えしたいと思います。

 

 

人間の秘密を知るための唯一の方法は愛

 

—生命は、純粋に生物学的な側面においては一つの奇跡であり秘密であるが、人間は自分にとっても他人にとっても一つのはかりがたい秘密である。—とし、その秘密を解きたがるのが人間だとした上で、—愛とは、能動的に相手のなかへと入ってゆくことであり、その融合において、私はあなたを知り、私自身を知り、すべての人間を知る。命あるものを知るための唯一の方法、結合の体験によって知るのであって、考えて知るわけではない。— 理科の実験のように相手を物理的にバラバラにし、科学的に研究を重ねてもそれだけでは人間という現象の秘密を知ることはできない。—愛こそが他の存在を知る唯一の方法である。結合の行為のなかで、知りたいという欲求は満たされる。愛の行為において、つまり自分自身を与え、相手のうちへと入ってゆく行為において、私は自分自信を、相手と自分の双方を人間を、発見する。—

 

 

②  愛するか愛せないかは相手次第じゃない

 

—愛とは、特定の人間にたいする関係ではない。愛の一つの対象にたいしてではなく、世界全体にたいして人がどう関わるかを決定する態度、性格の方向性のことである。ところが、ほとんどの人は愛を成り立たせるのは対象であって能力ではないと思いこんでいる。それどころか、誰もが愛する人以外は誰も愛さないことが愛のつよさの証拠だとさえ信じている。愛が活動であり魂の力であることを理解していないために、正しい対象を見つけさえすれば、後はひとりでにうまくゆくと信じているのだー

 

 

③人も自分も退屈させない

 

—じつは、退屈したり退屈させたりしないことは、人を愛するための大きな条件の一つなのである。思考においても感情においても能動的になり、一日じゅう目と耳を駆使すること、そして、なんでも受け取ってはためこむとか、たんに時間を浪費するといった、内的な怠慢を避ること。愛情面では生産的だが、他のすべての面では非生産的だ、といったふうに生活を分割できると思ったら大間違いだ。生産性はそのような分業を許さない。人を愛するためには、精神を集中し、意識を覚醒させ、生命力を高めなければならない。そして、そのためには、生活の他の多くの面でも生産的かつ能動的でなければならない。愛以外の面で生産的でなかったら、愛においても生産的にはなれない。—

 

 

皆さんはこれを読んでどう思うだろうか。どうやら愛は感情や思考でなく、体験や行為や世界にたいする態度であるらしい。能動的で生産的な、はたらきであるらしい。ラブストーリーのような甘ずっぱいものとは一線を画す、タフで習得には時間のかかる体験なのだ。これからもしごとしたり、遊んだり、生活したり、ボランティアしたりしながら能動的で生産的な、はたらきを通して愛の技術を磨いていきたいなと思う。

参照:エーリッヒ・フロム 愛するということ 鈴木晶訳

 

(momoレンジャー・まなみん)

2018.11.30

外国人技能実習生のアパートでご馳走になった話

こんにちは、momoレンジャーのたけひろです。

今回は、momoとは別で関わっている地域の日本語教室(日本に暮らす外国人向けに日本語を教える教室)*で出会ったベトナム人のTさん宅にて、ベトナム料理をご馳走になったので、レポートします。

 

Tさんは外国人技能実習生3年目です。

技能実習生は、基本的に3年間日本で働いた後、母国に帰国するので、帰国前に送別会をすることが多く、今回はその送別会に招待してもらいました。(ちなみに、Tさんは技能実習第3号をとって2年延長したため、実はまだ日本にいます。)

 

▲床に並ぶ豪華なベトナム料理、大人数の場合食卓を使わないことは現地でもよくあるとのこと

 

ベトナムでは、乾杯は食事の始めだけでなく、食事中に再び飲み物を飲む時にも乾杯をするようで、乾杯が盛んに行われていました。また、ベトナムではアルコール類の購入や飲酒の年齢制限がなく、子どものころから飲んでいる人も多いようで酒に強い人が多い印象を受けました。

 

Tさんは日本語を熱心に勉強し、日本語能力試験のN2*を取得していることもあり、日本人と難なくコミュニケーションをとることができます。しかし、同じアパートに住む他の実習生は、挨拶や簡単な会話しかできず、日本語でコミュニケーションをとることに少し苦労している様子でした。そのため、研修先企業と他の実習生がコミュニケーションをとるときは、日本語を話せるTさんが通訳をすることが多々あり、その狭間で大変な思いをすることもあるとのことでした。

 

▲鳥の丸焼き?ベトナム人の研修生向けにベトナムの食材を行商する在住ベトナム人から購入したとのこと。

 

▲揚げ春巻き、これが一番おいしかったです。

 

現在、国会で外国人労働者受け入れ拡大について議論されていますが、今後も数年は20代、30代の東南アジア出身の若者が、労働者として多く日本に来ることになると思います。現在、彼らは職場以外の日本人とほとんど関わる機会がなく、仕事だけして母国へ帰っています。地域の日本語教室は、そんな実習生と地域の人が交流できる場だと思います。日本語教室に来ている実習生は、日本についてさまざまなことを学びたいという方が多く、仲良くなればお互いの国の文化を分かち合えて、面白いと思います。みなさんも、自分の住んでいる地域の日本語教室をのぞいてみてはいかがでしょうか。

愛知県の日本語教室のこちら

各地の日本語教室で技能実習生が増えている。

日本語能力試験…N1~N5までレベルがあり、N3がある程度コミュニケーションがとれるレベルで、N2はさらに上のレベルで技能実習生で取得している人はかなり少数。

2018.05.31

生活習慣を見直す記念日があるってご存知ですか?

みなさんは、6月10日は生活習慣を見直す記念日であることをご存知ですか?

その名も「時の記念日(ときのきねんび)」と言い、671年4月25日、水時計と鐘の音によって初めて時を知らせたという『日本書紀』の記事にもとづき、その日を太陽暦に換算して、定められました。

 

第1回「時の記念日」は1920年のことでした。大正中期という時代背景からもうかがわれるように、衣食住をはじめ社会生活の近代化推進という時代の流れのなかで、とくに時間厳守、時間割による行動規律、時間を節約することによる効率性の向上が近代生活の基本として位置づけられました。

 

そのような中で、この年の1月、伊藤博邦(博文の養子)を会長とし、渋沢栄一らはじめ政官界の有力なメンバーを役員として、文部省の外郭団体として生活改善同盟会という財団法人が組織され、生活改善運動を先導して展開することになりました。(*1

そして、ちょうどこの「時の記念日」の前後に流行っているのが5月病です。そもそも「5月病」というのは、多くは一過性の症状であり、適度な休息などで改善されることがほとんどです。

 

研修を経て5月から実際に仕事を始めるという新社会人の場合、これらの症状が6月に見られるため、「六月病」とも呼ばれます。5月病、六月病のいずれにしても、環境の変化に伴う心身の負担、ストレスが主な原因です。医療機関では「適応障害」「軽度のうつ」といった診断名がつけられることもあります。

 

 

(© 全国健康保険協会(協会けんぽ)ー 4月 未然に防ぐ5月病対策:https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g5/cat510/h26/260401

 

 

みなさんは、この時期になるとニュースで5月病が流行していると耳にしたり、なんとなく気分が乗らないときに同僚や友人と5月病かもしれないと冗談交じりで会話をしたりした覚えはありませんでしょうか?

 

何気なく自分は5月病かもしれないと言ってるそこのアナタ、実は、5月病は恐ろしい病気なのです…。

 

 

 

(© 2018 ヘルスケア110番!予防医学の専門家が教える健康管理プロジェクト:https://healthcare110.com/depression/

 

 

 上図は、警察庁の自殺統計に基づく自殺者数の推移等のデータです。

 

一般的に自殺対策月間として大々的に声を上げて動いているのは3月ですが、実は5月、6月も自殺者数が多い月になっています。GWが明けて、あの人五月病なのかなって感じる人がいたら要注意です。

 

もしかしたら5月病ではなく鬱になっているかもしれません。(ここで出している自殺者数のデータの増減にうつ病が関係していることは、あくまで推測の域を出ないことはご了承ください。)

 うつ病は仕事に過度に打ちこんで疲れを溜め込んだり、人間関係のトラブルなどが原因で誰もがなる可能性がある病気です。生きていれば誰でも起こるような症状なので、一見「ネガティブなだけ」とか、「やる気が出ないだけ」とか、「怠けているだけ」と思いがちですが、早期発見がとても重要になってきます。

 

その初期症状と酷似している5月病はいわばアラートのようなものになります。そこで、この記事を読んでるアナタ、5月病かもしれないと思った方はこのサイトでチェックしてみてください!

(うつ病サプリーうつ病チェック:http://www.utsu-s.jp/check/

 そして、うつ病というのは自分で気づくことがなかなかできない病気です。だからこそ他の人からのサポートが大事になりますが、いざ他の人から「うつ病ですか?」とストレートに聞かれたら肯定しづらいでしょう。

 

そこで、5月病や6月10日の「時の記念日」の話を引き合いにして、生活習慣や時間の使い方の切り口から、うつ病を示唆することをお勧めします。6月10日の「時の記念日」に、社会をよくする第一歩として、うつ病かもしれない身近な誰かを救うための何気ない世間話をしてみてください。

 

【出典】

*1 時の記念日(http://oumijingu.org/publics/index/163/

 

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2018.02.28

社会をよくする話:安心して失敗できる場所

私が厄年だからか、年末から色々なことが起こり、年初は自分の足元を見ることが多くなった。そもそもなぜボランティアなんて変わったものはじめたんだっけ?そう思って少し振り返ってみた。 

 

■初めての活動は苦手なパソコン

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私が市民活動をはじめたのは愛・地球博が愛知県で開催された3年後の2008年。大学生3年生の秋。生まれて初めてまともに市民活動を行なったのがmomoだった。

 

忘れもしない、最初にmomoで行なったお手伝いはパソコンの入力作業だった。確か、A4の片面一枚に手書きされたイベント参加者の名簿をカタカタと画面入力していくだけの、大人にとってはそう難しくない作業。隣のデスクで並んで作業をしたパソコンが得意なゼミ仲間はわずか10分程度で作業を終えてしまった。一方私はというと…。機械なんて大っ嫌い。過渡期でパソコンの授業もまともに受けていない昭和学生の私はもちろんブラインドタッチなどできるはずもなく、一つずつ画面とキーを見比べながら打鍵していくしかなかった。

 

■完成しない書類

 

そんな調子なのでゼミ仲間の倍どころか1時間たっても書類は完成しない。ほぼ初対面であるmomoの大人たちは(当時、学生は運営事務局の女の子一人だけだった)亀の歩みでしかない私のタッチタイプを、あまり見つめても緊張するだろうからと、気にしていない素ぶりで見守りっていてくれた。

本人はというと、もちろん言うまでもなく必死だった。パソコンがあまりに不慣れなため、間違えると修正するのに時間がかかる。そのため、ペンではなくパソコンを使用しているのにもかかわらず一文字一文字慎重に打ち込んでいた。

 

■温かな拍手

 

刻々と時計の針は歩を進め、完成する頃には2時間は経っていたように思う。もう外は真っ暗だった。

うやく苦手な作業から解放されたという安心感と共に、皆を長く待たせてしまった申し訳なさに苛まれた。こんなひどい調子で、これから人の役になど立てるのだろうか…と、絶望的な気持ちで皆が待つテーブルに小さくなって戻った私をmomoのみんなは拍手で迎えてくれた。そして作業を投げ出さず最後まで取り組んだことを言葉に出して褒めてくれた。とてもとても嬉しかったことを覚えている。

 

■三つ子の魂百まで

 

今でも機械は不得意だし、硬くて四角くくて、触れるとひやっと冷たいパソコンのたたずまいもあまり好ましくは思わない。けれどもmomoの活動を通じて沢山のコラムを執筆したり、事務所に行けば隣でエクセル作業している事務局スタッフと画面を見ながら会話したりしているせいか、パソコンに対し拒否反応するようなことはなくなった。そのきっかけは、きっとこの小さな成功経験だったと思う。

 

■安心して失敗できる場所

 

新しいことや苦手なことにチャレンジしてみようと思えるのは安心して失敗できる場所がそこにあるからだ。失敗しても攻撃や非難をされないという安心感があるから人は見知らぬ扉を開けられるのだと思う。これからもmomoというコミュニティが、momoレンジャーにとっても市民にとっても安心して失敗できる場所であり続けられるといいなと思う。

 

理事・momoレンジャー まなみん

2017.11.30

社会をよくする話:自分と自分の将来に向き合うこと。

こんにちは!momoレンジャーのはるこです! 
今年の6月からmomoレンジャーとして活動させてもらっている、名古屋市立大学人文社会学部現代社会学科の3年生です。
 
現代社会学科って何をやってるの?とよく聞かれますが、学科の名前の通り、社会のことについて勉強しています。
地域・まちづくり、人口減少問題、メディア、ジェンダー、労働…など、幅広く学ぶことができる学科なんです。
 
そんな学科に所属している学生である私は、今、税理士試験に向けた勉強をがんばっています。
 
…え? 税理士? 
 

電卓

 
経済学部ではなく、人文社会学部の現代社会学科に所属する私が、どうして税理士の勉強を始めるに至ったのかをお話ししようと思います。
 
 
■私って何がやりたいんだっけ?? 
 
私がこの学科に入ったのは、「まちづくり」や「福祉」に興味があったからです。
 
「1つの分野に限定せずに広く学んだうえで、自分の進みたい道を決めよう。」
 
そんな風に思っていたのです。
…が、授業を受けているうちにどちらも何か違うような気がしました。
そうなったとき、大学の勉強が分からなくなり、興味もわかなくなってしまったのです。
 
「私って何がやりたいんだっけ? 」
「どんな仕事がしたいんだろう…? 」
 
いくら考えてもわかりませんでした。
働いたことがないのに、どんな風に働きたいかを考えるのは無理だったのです。
 
 
■半年間の挑戦
 
そんな時に出会ったのが、大学1,2年生を対象にした半年間の長期実践型インターンシップでした。
これは、就活などで大企業が行う1DAYのインターンシップとは違い、自分が中小企業の一員となり、プロジェクトリーダーとなって動いていくプログラムのインターンシップです。
 
“働く、ということを実感できるかもしれない。
働いてみることで、自分の将来の選択肢を少しでも定めることができるかもしれない。”
 
そんな思いで、このインターンシップに挑戦することを決意しました。
そして、私がインターン先として選んだのが「税理士事務所」でした。
私は、資格をもって働くことに憧れを抱いてはいたものの、どんな仕事をしているのか全く想像がついていなかったのです。
 
 
■人に寄り添う
 
ところで、皆さんは、「税理士」というお仕事にどんなイメージを持っているでしょうか?
 
私は、「数字ばかり見てる人」というイメージでした。
お客さんに対して、「今月売上下がってますよ!」とか、「経費削減してください!!」とか、そんなことばかり言っている人。
 
でも、実際に税理士の先生の近くで働いてみたら、全然そんなことはありませんでした。
 
とっても人に寄り添うことができる仕事だったのです。

握手

 
社長さんとお話している中で、社長さんが今悩んでいること、挑戦したいことを聞き出して、その解決・実現のために働く。
 
自分の持っている知識やつながりを使って、困っている社長さんのお手伝いをする。
 
半年間を過ごしていく中で、税理士という仕事のやりがいはもちろん、大変さや難しいこともたくさん経験することができました。
 
 
■新たな一歩
 
半年間のインターンシップを終えて、振り返ると、この半年間は私にとってかけがえのないものだったと気づきました。
 
この半年間がなかったら、やりたいことが見つからないまま大学生活を送っていたと思います。
 
インターンを終え、新たな一歩として、税理士の勉強を始めました。
税理士という仕事を知り、誰かを補うことができるような、誰かと一緒に走ることができるような、そんな働き方をしたいと思ったからです。
 
自分と自分の将来に向き合って、見つけることができた自分のやりたいこと。
 
これからは、もっともっと自分に向き合って、自分の進みたい道を形にしていきたいと思います。

空

 
(momoレンジャー はるこ)
 

2017.08.31

社会をよくする話:週休3日制についての話

momoレンジャーのこんこんです。今回は私が以前から関心を抱いていた「週休3日制」について自身の思いを交えつつ紹介していきたいと思います。
 
日本でも導入する企業が増えてきているこの週休3日制について、最近のニュースでよく取り上げられる機会が増えたような気がします。働き手の視点から見れば、単純に休みが増えることを歓迎する人もいれば、その分働く時間とともに収入も減少するのではと不安を抱く人、有り余る時間の使い方に戸惑う人など反応はそれぞれなのではないでしょうか。最近ではヤフーやユニクロなど知名度のある企業が導入を始めており、多様な働き方を認めさまざまな人材を集めるという意味では、雇用者と被雇用者の双方にメリットがあるのではないかと思います。
 
 
■週休2日制の成り立ち
 
現在、日本のおおよその企業が土日休みの週休2日制を導入していますが、そもそも、この週休2日制はどういった経緯で始まったのでしょうか?
 
日本ではある特定の時期を境目に週休2日制が一斉に導入されたという訳ではなく、1980年代から徐々に企業で採用されるようになり、2000年近くで多くの会社で採用されるようになったようです。なお、日本で初めて週休2日制を導入したのはパナソニック(当時の松下電器工業)と言われています。この週休2日制は法律で義務化されている訳ではなく、労働基準法に基づいた労働時間を厳守していれば導入を検討するか否かは各企業の方針に委ねられているということです。
 
 
■余暇時間にできること
 
過去からの経緯を考えれば、週休3日においても大企業を中心に広がることで、いつの間にか当たり前のものとなる日もそう遠くはなさそうです。この制度が導入されれば、仕事との両立が難しかったような育児や介護に時間を注力できるようになり、多様な働き方を選択できる可能性が高まると予想されます。その他にも、人によっては空いた時間で副業を始めたり、働きながらにして、自身で新たに事業を起こす人も現れてくるかもしれません。近年、「パラレルキャリア」という、本業とは別に余暇時間を利用して第2の活動を始めることを意味する言葉が注目を集めていますが、まさにこの意味通りのことが現実味を帯びてきそうです。
 
とりわけ、私自身もmomoレンジャーとしてボランティア活動に携わる上で、現在勤めている会社とmomoの2つの組織に属しているということになるのですが、momoでの活動を始めるきっかけになったのがこのパラレルキャリアという言葉を書籍で知ってからでした。以前までの私は社会人ゆえの時間の制約や、限られた行動範囲での生活をしていたこともあってか、漠然とした閉塞感のようなものを感じていて、そのような思いも相まって何か今の生活とは異なった環境に身を投じてみたかったという思いもから、momoレンジャーの活動に携わるようになりました。
 
ミーティングや融資先の訪問などに参加する中で得たもの、それは身近な社会問題を解決しようと行動を起こしている人たちが大勢いるということ、そして、関わる人たちが純粋にそれぞれの志を持ってソーシャルビジネスに取り組んでいることを関わり合いの中で実感できたことです。ボランティアを始めてから今日までに刺激的かつ貴重な経験を積めたことや新たな価値観を知ることができたのは、まさに第2の活動に携われたことによる結果だと考えています。
 
今後、週休3日制の普及により時間的なゆとりが生まれれば、ソーシャルビジネスのような活動に関わりたいと思う人やその機会が今まで以上に増えていくのではないでしょうか。そんな近い未来を見据えて、私自身の気持ちとしては、今後もこのmomo通信を通じて多くの人たちにソーシャルビジネスに興味や関心を持ってもらえるようこれからも情報を発信していけたらと思います。また、将来的に多くの人がこのようなコミュニティに参画するきっかけとなれば嬉しいです。
 
 
(momoレンジャー こんこん)

2017.05.31

社会をよくする話:NPOへの参加経路

momoレンジャーのゆっこです。今回は大学の調査実習という授業で行ったグループ研究について書きます。研究テーマは「NPOへの参加経路」です。参加経路によって組織への関わり方や個人的属性に違いがあるかどうかを調査しました。学生が行った調査なのでまだまだなところもあるかと思いますが、こんな感じなんだーと読んでもらえると嬉しいです! 
 
 
藤本隆史氏が2008年に行った調査(以下:先行研究)では、NPOへの参加経路は一般企業よりも紹介によるものが多く、偏りがあることが明らかとなりました。私たちは約10年前と現在で変化がみられるのか、先行研究と比較検証することを、調査の目的としました。インタビュー調査とアンケート調査を実施しましたが、すべて書くと非常に長くなってしまうので、アンケート調査で変化が顕著であった項目をピックアップします。調査対象はランダムサンプリングで抽出された、名古屋市内のNPO法人36か所です。
 
今回の調査ではNPOへの参加経路として、紹介よりも公募による参加が少し多い、という結果になりました。
 
<先行研究>組織運営やミッション方針決定への関与度(%)

先行研究
(出典:藤本、2006、P.151、第5-1-11表)

 
<今回の調査>

今回

 
上の図のとおり、組織運営の関与度に関する項目で先行研究では紹介による参加者が関与度が高かったのに対し、今回の調査では公募による参加者の方が高くなっています。
 
また、先行研究において、活動を始めた動機として、「社会に貢献したいと思ったから」「NPOの理念に共感したから」に当てはまると答えた人は、紹介の方のほうが多かったのですが、今回の調査では公募の参加者のほうが多いという結果になりました。
 
 
現在のNPOに対する満足度は先行研究では紹介、公募にほとんど違いはなく、約2割の人が満足していると回答しました。
 
<今回の調査>紹介と公募の満足度の違い

図
※「NPO以外の仕事」の「非該当」はNPO以外に仕事をしていない人の割合を示す

 
 
上の図は今回の調査結果をグラフにしたものです。ご覧の通り、ほとんどの項目において紹介よりも公募の参加者の方が満足度が高くなっています。
 
先行研究では紹介による参加の方が良い結果を生むという結果が出ていましたが、今回の調査において公募による参加でも良い結果を生んでいることが明らかとなりました。約10年前と比べ、確実にNPO組織に変化が起こっていることが言えます。
 
 
今回は内閣府のHPに載っているNPOからサンプリングを行ったのですが、活動を行っていない、または連絡が取れないという団体が3分の1程度ありました。衝撃的でした。NPOが嫌いになるほど調査分析は大変でした。

(ゆっこ)