momo

2021.05.30

「サスカツ」持続可能なポリシーメーカー育成塾 入塾レポ

momoレンジャーのあーちゃんです。
みなさん、お変わりなくお過ごしですか。

 

momoが、2014年から2015年の間に5回のつなぎ融資を行った中部ESD拠点協議会。

 

その中部ESD拠点協議会が主催する中部サステナ政策塾に、私あーちゃんと先輩momoレンジャー ひらっち が、昨年7月から今年の2月まで第5期塾生として参加しました。

 

中部サステナ政策塾は、20代から30代の若者を中心に、座学、ワークショップ、フィールドワークを通じてSDGsを学び、持続可能な地域のための政策立案・提言ができる人材育成を行っています。

 

私自身も、SDGsに対する学びとスキルの習得を求めて参加しました。(あと、興味本位も少し…)

 

momoレンジャー活動外のお話となりますが、

私が参加した中部サステナ政策塾の様子や塾生活動について、お伝えしたいと思います。

 

 

・中部サステナ政策塾 第5期

 

第5期は、多彩や講師による講義を中心に全10回の講座があり、塾生は、SDGs17の目標から特に取り組みたい目標を決め、プロジェクトチームをつくり、そのプロジェクト実践をすることになりました。そして活動発表の場として、SDGs AICHI EXPO 2021でのプレゼンが用意されました。

 

このEXPOでの発表について私は、「おいおい そんな大舞台でのプレゼン経験ないよ…」と、当日は大変な緊張をすることになります。

 

第5期には、学生、会社員、公務員、団体職員、市議会議員、会社経営者など、個性豊かな さまざまな塾生が学びを求めて参加しており、講義はコロナ禍であったため、オンラインが中心となりました。

 

 

・プロジェクトチームの結成

 

私は8月の講座で、任意団体U-comeの代表で渋谷ユネスコ協会に所属する塾生の清水麻生さんを中心とする5人で、パートナーシッププロジェクトチーム「raspberry」を結成しました。

 

raspberry は、ボランティア活動を支援するプラットフォームづくりを目指し、SDGs17・17「さまざまなパートナーシップの経験や資源戦略を基にした、効果的な公的、官⺠、市⺠社会のパートナーシップを奨励・推進する。」を取り組み目標とします。

 

メンバーの半数がボランティア活動をしており、

「市民活動と行政・企業の連携を強化したい」

「ボランティア活動の裾野を広げていきたい」

という思いも、このプロジェクトにはあります。

 

塾生プロジェクトは私たちの他に、多文化共生、まちづくり、エネルギー、農業、環境チームが結成されました。

 

(チームraspberryの面々、向かって左上が私)

 

 

・プロジェクトの企画、立案、試行

 

メンバー全員が就業している中で、時には3日連続のMTGにヘトヘトになりながらも、プロジェクトの意義や目的を何度も見つめ直し、限られた政策塾の期間で何が取り組めるか、議論を重ねました。

 

私たちは、12月にボランティア団体の広報、活動評価を目的としたオンラインイベントを開催し、1月に三重県で教員を務めているメンバーの中学校生徒に対して、ボランティア活動に対するアンケート調査を行いました。

 

イベントには全国から9団体が参加、全国22のボランティアセンターが広報協力をしてくれました。また中学校へのアンケート調査では、7割を超える生徒がボランティア活動に興味があるとの結果がでました。

 

イベントやアンケート調査によって、raspberryプロジェクトに需要と共感、潜在的なニーズを確認することができました。

 

 

・最後に

 

2月のEXPOでの活動報告もチームでやり遂げ、

メンバー全員が中部サステナ政策塾 第5期を修了することができました。

 

(修了式で活動報告をする ひらっち)

 

 

(修了証書を授与される私)

 

私たちraspebrryは、政策塾修了後もボランティア活動のプラットフォームづくりに取り組みます。

 

 

この塾生として過ごした8か月間は、家事、育児、仕事、ボランティア活動を並行していたこともあり、毎日がバタバタで慌ただしい日々でしたが、SDGsについて深く考え実践したことは、大変貴重な経験となりました。

 

そして何より、同じ志を持つ塾生たちと議論を交わした日々は、とても充実した時間で、何ものにも代えがたい財産となりました。

 

中部サステナ政策塾では、SDGsプロジェクトの実施による地域リーダーの育成をテーマに、6月からの開講に向け、第6期塾生を募集しています。

 

みなさんもご興味がありましたらぜひ。

 

中部サステナ政策塾の詳細はこちらから

 

(momoレンジャー あーちゃん)

 

2020.12.20

コロナと外国人技能実習生、草の根でできることは何か

 momoレンジャーのたけひろです。

静岡に住んでいますが、オンラインが増えたこともあり、最近リモートレンジャーとして活動に参加しています。

現在私が所属しているNPO法人で、外国人技能実習生とのオンラインでの交流活動を行っています。

 

もともとは私は個人的に地域の日本語教室の活動に参加していたのですが、それがコロナウイルスの影響でストップしてしまいました。繋がりのある外国人から「日本語を話す機会がなく困っている」という相談を受け、私が所属しているNPO法人が主体となって、地域の日本語教室の代替として試験的にオンラインで日本語教室を開催したのです。

 

やってみてわかったことは、オンラインだと、日本語がある程度話せる人でないと少し難しいというデメリットがある一方で、日本語教室の開催場所が近くにない外国人や、日本語教室に直接ボランティアに行くのは難しい人の双方が参加しやすいというメリットもある、ということです。

 

そこで、そのメリットを最大限に生かし、土曜夜に1時間だけ会話を中心とした交流活動を行う外国人技能実習生向けオンライン日本語サロンを、大学生のボランティアとともに9月からはじめました。

 

なぜ外国人技能実習生向けなのかというと、もともと参加していた地域の日本語教室に参加していたため比較的日本語レベルが高い人が多いにもかかわらず、職場・アパート以外のコミュニティとのつながりが少ないという人が多いためです。

 

私は、元々日本語を教えることが好きというより、日本で生活する外国人の暮らしが気になるという気持ちが強いです。日本語を使いながらも、交流を軸としてお互いの暮らしや文化を相互に楽しんで学ぶ場を目指して活動しています。

 

外国人技能実習生をめぐるニュースでの報道といえば、家畜の盗難、労働問題などが多く、楽しく交流なんてとても想像できない、と感じる人も多いと思います。

 

確かに、外国人技能実習生の制度上には課題があると思います。(今回は深くは触れませんが)

 

一方で、労働環境などに問題がなく、日本での生活をより充実させたいと思っている外国人技能実習生もいます。しかし、メディア報道によって、技能実習生への日本人のイメージが悪いのが現状です。それにより、とても交流を楽しもうという発想が生まれず、いい環境にいて日本語が話せる人も、職場以外では日本人と接点がない人が多いというのが私の感覚ではあります。

 

現在、欧米諸国で起こる移民をめぐる社会の分断の問題を将来日本で起こさないためには、外国人と共に暮らすためにできることは何かを、みんなで考えていく必要があるのではないでしょうか。

 

コロナ以前から接点が持ちにくく、社会の中で見えにくい存在の外国人技能実習生を少しでも身近な外国人として感じられる人を増やすために、微力ですが、オンラインでの活動を続けていきたいと思います。

 

 

2020.09.05

地域のわくわく居場所づくり

こんにちは。momoレンジャーのひとみんです。
 
コロナの影響で地域のお祭りやイベントが中止になったりと、人が集える機会が減ってしまいました。
 
地域の繋がりを煩わしく感じる方もいるとは思いますが、
 
一方で何か問題を抱えた時や子育てを始めた時に身近な地域の中に「ちょっとお願い!」「ちょっといい?」等々、気軽に言える関係、集える場所がある事で、より良い暮らし方の選択を広げるられる様に思います。
 
この様な状況下で地域コミュニティがどう機能していくのか、この模索は今後に活きていくのだと思います。
 
今回の私の初コラムは、そんな地域コミュニティや地域交流の場作りについて、私の感想を混じえながらお話します。
 
愛知県の各地には、地域との交流や福祉サービスを組合せた施設があります。
大阪には、賃貸物件を使って地域交流を図る取組みがあるようです。
 
上記の施設には畑があり、ピザ窯やお釜があったり、犬がいたり、人とスペースや楽しみをシェアできるところで、そうしたところにも魅力を感じました。
 
私がもし、そんな居場所作りをできるなら、シェアをテーマにするかな、なんて想像をしています。
 
畑があり、カフェがあり、バーベキューしたり、ピザ窯があって、自然を感じられる、そして障がいの有無に関わらず、幅広い世代の人が集える、相談窓口のある場所ー。
 
一人じゃできない事も 色々な強みを持つ事業所や地域の人達とアイデアや知恵、特技を出し合ってシェアできたら…。
一人でできる事には限りがあるし、面白い発想も広がりが一人分になってしまう様に思います。
 
わくわく、楽しく、くつろげる、そんな気持ちもシェアできる場所。
ステイホームな今、リビングで想像の羽根を広げてます。
 
まずは、こんなとりとめのない話をシェアさせてくださる皆さまに感謝します!
ありがとうございます!
 
下記リンクもよかったら見てみてください!

泉北スタイル
南生協のんびり村
いるかビレッジ

2020.06.29

母親の「働く」と女性の社会進出

子連れmomoレンジャーのもえもえです。

 

最近3徹で終えたメインの仕事に加えて 少しばかり他の仕事もするようになり家にいないことをチクリと言われてしまう今日この頃です。

 

あぁ…女性の社会進出って難しい。

 

何くそ精神が強い私は、夕方に一度家に帰ってから子供を寝かしつけ、深夜にまた職場へ行きます。

 

体力的にきつい中、一応 家の事はしているのに色々と言われる理不尽さに悲しくなることがあります。

 

私は働くのが好きというわけではなく社会にアクションを起こすことで生まれる出会いを通して 私も子供も共に視野を広げていけたら、と考えています。

 

 

 

 

・日本は社会進出する女性がまだまだ少ない

 

日本女性の幸福度を20年近く調査した慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センターの調査では、日本女性の幸福度は【専業主婦 > 働く妻】でした。

 

さらに子供の有無で振り分けると、【子どもがいない専業主婦>子どもがいない働く妻>子どもがいる専業主婦>子どもがいる働く妻】という何とも残念な結果が出ました。

 

※ここでの幸福度とは、「あなたは幸せだと思っていますか。それとも、不幸だと思っていますか。」といった質問に「5=とても幸せ」から「1=とても不幸」の5段階で回答

 

結果の主な要因は以下となります。

 

・妻の育児、家事のボリュームの多さ(そこに重なる仕事の多忙さ)

 

・金銭的な余裕


家事育児は日本の社会問題で、これが少子化にも関わっています。私は、この日本社会で
孤独な闘いを続ける母親の日々を想像してしまいます…

 

 

また、今回のテーマの決定にあたり思い出したのが、2019年に引退をしたロンドン五輪柔道で大活躍した松本薫さんの言葉です。

 

【もともと、産後にアスリートを続ける女性が少なく、自分がやってみることで「社会に何が足りないのか知りたい」と思っていました。同世代のアスリートが結婚し、子育てをする姿を見る中で、「なぜ男性アスリートは当たり前にできることが、女性アスリートは当たり前にはできないんだろう」と思っていたんです。同時に、何かやり方を工夫すればできるんじゃないか、とも考えていました。 

実際の生活では、常に寝不足の状態で練習し、練習不足のまま試合をする感じでした。夫も私も実家が遠いので、親族のサポートが得にくい状況でした。娘が保育園に入る前は、練習場まで連れて行くしか選択肢がなかった。自分が練習している間は、後輩に面倒を見てもらっていました。娘が保育園に入ってからは、練習前に保育園へ送り届け、練習を途中で抜けて迎えに行くという生活でした。】

 

 

松本薫さんの世界は特別ですが、この気持ちに共感できるお母さんはたくさんいるはず、と感じました。

 

私も仕事の〆切が近い時は寝不足になったり、打合せで子供を迎えに行けなくなることがあります。

 

子育ては試行錯誤の連続です。

 

先人や心理学の知恵もありますが、昔の女性がおんぶをしながら働いてきた時代の「子育てしながらの仕事」と、今の時代の「仕事をしながらの子育て」は、少し性質が違う気がします。

 

今は「子育て」と「仕事」と「旦那さん」と「両親の考え方」と闘う日々です。

 

 

・ここからはお茶の間の話

 

この前ラジオでこんな相談がありました。

 

「旦那さんが美容院に行かせてくれない」

「週一で飲みに行くことに色々言われる」

 

ちょっと意味が分からない苛立ちを覚えました。それぞれの家庭の事情がある、と飲み込みたい気持ちはありますが、個人の尊厳をないがしろにしている気がします。

 

また、正社員だと有給を使って子供の行事や緊急ごとに対応することがあります。

 

うちの場合、コロナのこともあり、私の有給ばかりが減ると平常時での子供の対応がまかりならないと考え、旦那さんに有給取得をお願いしました。そうすると「有給を連続して取ったり、頻繁に取ったりできる雰囲気じゃない」と言われた瞬間、この事態への社会の対応と、この状況でも休む勇気がない態度へ失望を感じてしまいます。

 

女性の方が、子供の対応で休みを取りやすい状況もあるとは思います。でも、お母さんだって「すみません」「ご迷惑おかけします」と言って休んでいます。

 

愚痴っぽくもなりましたが、私は「子育ては夫婦二人でするもの」ということを物申したいんです。

 

「支えてくれる女性がいい」ではなく「お互いが支え合う関係」でいること。どちらかがいなければ どちらかが助け合って家庭を維持していけばいい。

 

「母親が家事や子育てを当たり前のようにする」「母親ってそういうものだ」という意識が変わり、そこに社会の理解もついてこないと、日本で真の女性の社会進出は訪れないと思います。

 

 

・これも気になっている点

 

アンケートで職種を選ぶ欄によくある「会社員」と「主婦」という選択肢。

 

「会社員」の定義は「正雇用である人」を指すらしいのですが、じゃあ「会社員であり主婦でもある」はどっちに属すのだろう?とアンケートに答えるたびに考え、とりあえず「会社員」に丸をしています。

 

マーケティング上「子供がいる人である」ことを知りたいのかなとは思いますが、もし前者を前提としているなら、そもそも設定がこれからの時代には合わないよなぁ、とか思いながら私はとりあえず「会社員」に丸をし続けるのでしょう。

 

以上 日々のブログ的記事をお読みいただきありがとうございました!

 

(momoレンジャー もえもえ)

 

2020.05.31

<わたしの歩きながら読書法>

 

 

momoレンジャー兼理事のまなみんです。突然ですが、みなさんはどんな体勢で本を読んでいますか?多くの方は座って読んでいると思います。私も以前は座って読んでいました。

 

 

 

 

 

 

■読書と読む体勢について

 

ステイホームで近場の外出もままならなかったゴールデンウィーク。

私は多くの時間を読書に費やしました。ゴールデンウィーク期間中のある日、「一日で一冊の本を読み切る!」と決意した私は、部屋に置かれているありとあらゆる椅子に座り、飽きては別の椅子へと移動を繰り返し、床に座ってソファーに本を置いてみたり、休憩してみたりしながらやっと目標の一冊を読み終えました。

達成感はありましたが、正直とても辛かった…。

 

 

 

 

 

■歩きながら読書法を発見!

 

しかし、そうしているうちに気づいたのです。

歩きながらならずっと読んでいられる!!そう、歩きながら部屋を行ったり来たりくるくる動きながら読んでいると、あまり辛さを感じずに読書ができることに気づきました。ただ歩きながら読書するだけ。この歩きながら読書法は私にとっては大発見でした。

どうして誰も教えてくれなかったのでしょうか!もっと早く教えてもらっていたら、私は違う大学に入っていたかもしれません。でもこれは自分のせいでもありました。

 

 

 

 

 

 

■あらゆるトラワレ

 

座学という言葉から連想されるように、学習とは座って行うものだ。という固定観念が、私の中に強くありました。立ち読みすることは悪いことだ。という教えもありますし。

でも、こういうことって、たくさんあるのではないでしょうか。一人一人体に合う食べ物が違うように、一人一人インプットしやすい方法は異なると思います。

 

 

 

 

 

 

■角度を変えてみよう

 

休校やオンライン授業が話題となっている今日、いま一度、いつもと違う学習法を試してみてはいかがでしょうか。私も部屋でうろうろしながら、自分が知らず知らず抱えているトラワレについて考えてみようと思います。

 

 

(momoレンジャー兼理事 まなみん)

2020.03.08

いとこ会のすすめ

 

こんにちは。

momoレンジャー兼理事のまなみんです。

 

突然ですが、私には父方の従兄弟が4人います。

 

全員名古屋出身で、内2人は同じ小学校出身。近くに住んでいることもあり、子供の頃から毎年正月や法事で顔を合わせてきました。

 

幼い頃の正月は、毎年私の家に親戚一同が集まり、子どもたちはお年玉代わりのおもちゃをもらい、大人は浴びるようにお酒を飲んで、大声でどんちゃん騒ぎながら、おせちや鍋を楽しくつついたりしていました。

 

一番歳の若い従兄弟が大学を卒業したことで、毎年恒例行事になっていた正月の集まりは、2年前に開催されなくなってしまいました。

 

それでは寂しいので、従兄弟だけで毎年正月に飲み会を開いています。

 

その名も「いとこ会」。

 

私たちは親の年齢が近いこともあり、階段のように一つずつ年齢が違います。

 

大人になった今でも、「いとこLINEグループ」を作るほど仲がいいです。

 

私にとっては普通のことも、世間では特殊なことのようで、いとこ会の話をすると珍しがられます。

 

 

■そもそも親族は何のためにいるのか?

 

核家族化が進んだ昨今では、親族とは葬式でしか会わないという方も多いみたいです。

 

自分の従兄弟が、どこに何人いて、どんな仕事をしているのかを知らない方もいると聞きます。

 

あまり考えたことはないですが、そもそも親族とは何のためにいるのでしょうか。

 

 

■10年ほど前の事件

 

内田樹さんは、こう言っています。

 

―ある大企業に勤めていた独身サラリーマンが失職したあと、一気にホームレスまで転落して、寝泊りしていたネットカフェに放火するという事件を起こしたことがありました(もう覚えてないでしょうけれど)。

 

僕はその人の「失職」から「ホームレス」までのコースのシンプルさと、所要時間の短さに驚きました。

 

彼には両親が残してくれたマンションがあり、当座はそれを売った金で暮らしていたのですが、すぐに底をつき、そこからネットカフェ難民になるまでさしたる時間はかかりませんでした。

 

失業後のリスクヘッジをしたのは「親が残した資産」です。広い意味での親族関係がふつうは人間が社会的に孤立することを防いでいる。

 

でも、たぶん彼の場合は「おじさん・おばさん」とか「いとこ」たちとはほとんど付き合いがなかったんだろうと思います。

 

「親族なんだから助け合わないと」というような相互扶助義務を感じる親族がいなかった。

 

少し前までなら、そういう親族を訪ねて「なんとかしてください」と頼めば、面倒を見てもらえた。―

 

 

■社会的包摂としての親族

 

―親族とは別に、こういう親族がいると「自分らしく生きられる」とか「幸福になれる」とかいう個人的幸福のために形成されているわけではありません。

 

人が無一物で路頭に迷ったときのセーフティネットとして存在するのです。―

 

 

『社会的包摂の一部として結婚があり、血縁や婚姻によって縁を持った集団=親族が大きな“かぞく”として強靭な社会的セーフティネットになる。』

 

彼の意見は頷けます。

 

私の親族に、現在身体的に調子の優れない者がおります。

 

優れない時こそ親族で助け合う、私は、そういった関係性を大切にしたいと思っています。

 

経済も環境も不安定。なかなか当てにできるものがないだからこそ、親族の縁を温めておくのはいいことなのかもしれません。

 

みなさんも来年は「いとこ会」を開いてみてはいかがですか。

                    

                                                         momoレンジャーまなみん

                     

                                                     (参照:「困難な結婚」内田樹著)

 

感想:親族とは。身内とは。”かぞく”について考えるいい機会になりました♡

 

2019.11.26

「生きる」を考える哲学カフェ

こんにちは。momoレンジャーのゴリです。

先日、momoの元理事の藤岡さんと「哲学カフェ」なるものを開催しました。

 

 

 

フジオカデザイン事務所の一風景。哲学カフェに相応しい落ち着いた雰囲気。

 

◆哲学カフェ開催の経緯

 事の発端は、藤岡さんがFacebookで哲学カフェ・バー的なものをやらないかと発信した事がきっかけ。

話すテーマ(案)は、

・はたらくことの意味

・生きることの意味

・人生の楽しみ方

・大人の音楽の愉しみ方

などだったそう。

最近「生きる」ことや「はたらく」ことの意味について考えていた私にとって、是非とも話したいテーマでもありました。

 

当日は、主催の藤岡さんと私に加え、偶然藤岡さんと打ち合わせをしていた井上たけひろさんと一緒にお話をしました。

 

◆テーマ1 ~みんなの生きる意味とはどんなものか~

 

 私は、5月に起きた交通事故をきっかけに「明日死ぬかもしれないから、今できることをやろう」と、今を一生懸命に生きる大切さを感じました。また、8月に経験した無人島ツアーでの「生物的に生きる意味はないが、知性を持つ人間だから生きる意味を付与することができる」との学びより、生きる意味は自分自身で見出せるものではないかと話しました。

 これに対し、井上さん。健常者と異なり、社会的弱者はスムーズに生きられないこともある。社会的弱者との関わりが深い井上さんだからこそ言える異なる視点からのメッセージを強く感じました。

 

まとめ:境遇も考え方も人それぞれ。私もかつて引きこもりを経験したことから、今のような考えを持てなかった頃もありました。人それぞれ見える景色が異なるからこそ、「生きる意味」は変わってくるのかなと思いました。

 

 

 

ゴリの力説中風景。話したいテーマがあったので、たくさん話してしまいました。笑

 

◆テーマ2 ~今生きているなと実感する瞬間はいつ??~

 

 私:「料理を振舞って、みんなが笑顔で食べてくれているとき」

 この瞬間が最高なんです。「食べること」は生きるために必須だし、みんなで「共有する時間」がその瞬間でしか感じられないものだから。生きている実感って、儚くて尊いんだなぁと、終わってから振り返ってしみじみ感じます。

 井上さん:「めざましTVの占いを観ながら1日を想像したり、その日の入浴中にその日のルーティーンを振り返ってみたりするとき」

 確かに、「今日はこんな日になるのかな? ⇒ 今日はこんな日だったな~」という振り返りが一日の「生きている実感」になるのかなと思いました。

 藤岡さん:「夜のドライブの酩酊感と逆境の緊張感」

 夜運転中、寄り道などしながら帰る際、コーラを飲むと酔った気分になるという藤岡さん。その最中の酩酊感に生きた心地がするそうな。また、逆境に立った際のプレッシャーを感じる時に、生きる実感があるそうです。かつて勝負師だった藤岡さんらしい回答に納得しました。

 

 まとめ:後日談で、Facebook上で藤岡さんがテーマ2をシェアして質問した際、返ってくる答えは人それぞれでした。「お酒やおつまみが美味しいなと感じたとき」や「悲しいとき」など、十人十色の回答は本当に興味深いものでした。あなたの今生きているなと実感する瞬間はいつ??

 

◆テーマ3 ~「はたらくってなんだろう?」を大人が若者に説明するには?~

 

  井上さん:「自分は〇〇だっていうしっかりとした考えがあればいいのでは?」

 芯を持った考えがあれば、深く悩まずとも「はたらく」ということが自分なりにおいおい分かってくるものではないか、と井上さん。確かに、考えすぎるより素直な自分の信念に従うのがよいのかもしれません。

 私:「色んな生き方があるんだな、と感じられる様々な境遇の人の経験談を聞ける話し合いの場があるといい。その話を踏まえた上で、結局は本人が答えを出すもの。」

 実際、私が就職活動をしていた時、似たような会社員の知り合いが多かったからこそ、限られた考えの中で「はたらく」ことをイメージしていました。けれど、例えば自営業の人の話を聞いたり、異なる業種の方のお話を聞くことで、「こんなはたらき方もあるんだ」と、違った視点でのはたらき方を感じたこともありました。

 藤岡さん:「やりたいことがない、という学生になんと声をかけるか。能力のない人に、好きなことをやればいいんだよというのは、耳障りでなくかっこいいけど、無責任でもある…」

 私もやる気がない時や、目標達成して燃え尽き症候群になった時、似たようなことを感じる時期があり、そういった人たちを見ると羨ましくもあり、眩しすぎて距離を置きたくなる気分になることもありました。はたらくことの意味付けは本人にしか決められないから難しい問題だと思いました。

 

 まとめ:後から振り返って感じたこととして、時代背景や当事者の境遇などで伝え方は変わるのかな、とも思いました。(だからこそ難しい。)そして、先日momoが主催したForaの完済イベントの後半の内容が近いものだったのかなとあらためて思いました。(http://www.momobank.net/news/2958/)「なんのために大学に行くのか?」「今の進路は自分で決めた進路か?」「今後の進路はどう決めたいと考えているか?」など。参加者アンケートでも「話し合いを通して考えるきっかけができてよかった」などの感想があり、学生・社会人ともに実のある時間だったそう。色んな属性の方との対話は、考えの幅が広がり新たな気付きや学びが得られる時間なのかなとも思いました。

 

◆哲学カフェを終えて

 

「生きること」「はたらくこと」について開催された哲学カフェ。

私たちは「命」という有限の時間の中で何に価値を見出し、自分の想いをどう投じるのか?

何のために?生きる意味は?はたらくのはなぜ?

色んな方のお話を通じて、色んな風景が見えました。

今後も自分も含め、色んな方の価値観に向き合ってまいりたいと思います。

 

 

 

「生きる・はたらく」をテーマに思い思いの話をする井上さんと藤岡さん。

この度は興味深い話題を提供してくださりありがとうございました!

また哲学カフェの開催の折にはよろしくお願いします!

2019.05.31

意識高くなくたって。田舎とマルシェと、 私たち。

街の未来を考えよう、発展途上国の子どもに教育を届けよう、選挙に行こう、多様性を大事にしよう、災害に備えようー。

 

こう社会に呼びかける人がmomoの周りにはたくさんいて、私もその1人だ。

 

しかしその中の多くの人が、特に私のように学生時代から活動してきた人は、何度もきっと揶揄されている。意識高いね、と。

 

別に、意識が高いと言われることが嫌だと言いたいわけでも、言った人を非難したいわけでもない。

 

ただずっと、このままじゃいけない、と思っていた。

 

理由はシンプル。まちを作るのは「意識高い系」だけではないから、だ。

 

*****

 

2019年3月30日。

私は地元のメンバーと一緒に「恵那峡レイクサイドマルシェ」という、野外マルシェを開催しました。

最初は100人200人呼べれば…と言っていたイベントのはずなのに、蓋を開けてみれば来場者数は1500人以上。

 

私の知り合いも、何人も来てくれました。

まちづくり活動で出会った人、移住した人、仕事で会った人、NPO活動の先輩、小学生の時の塾の先生、中学生の時の社会の先生…。

 

みんな私の日頃の活動を気にかけてくれて、見守ってくれて、応援してくれて、期待してくれる、そんな温かくて頼もしい先輩たちです。

そんな人たちが来てくれてとっても嬉しかった、と今でも強く思います。

 

それでも。

嬉しさに順位をつけるような言い方になってしまうのは心苦しいけれど、22歳の私が胸が踊るように嬉しかったのは、高校の後輩や、中学校の同級生が来てくれたことでした。

伝統文化を守りたいとか、里山を守りたいとか、まちを持続したいとか、地元事業者を盛り上げたい、とか。

まちを大切に思うかっこいい大人たちが私は大好きで、大切で、何回でも会いたいと思います。

 

でもどこに行っても、いつも私が一番年下でした。まちの未来を考えるような意識高い同世代なんて、ほとんどいないのが現実です。

 

だからと言って、それを当然の現実として受け止めていても、まちは面白くなりません。

 

ただマルシェを楽しむ、というのはとても些細なアクションかもしれないけれど、地域らしさに触れることの少ない私たちの世代にとっては、大きな可能性を持ったアクションだと思います。

 

最初から意識高い呼びかけにピンとこなくても、ただ楽しいとか、面白いとか、そんな感情の動きが、これからのまちの担い手を生み出すかもしれません。

 

***

 

高校の後輩も、中学校の同級生も。

 

まちの未来には興味がないかもしれないし、選挙に行かないかもしれない。

でも10年後には、地元の未来が気になるかもしれないし、選挙に行きたくなるかもしれない。

 

 

 

意識高い輪が広がらなくても、このまちはもっと素敵になれる。

 

そのスタートがこのマルシェだったと、10年後に振り返れますように。

2019.02.28

「愛するということ」

 

 ある日、失恋した私に友達が本をすすめてくれた。エーリッヒ・フロムという哲学者の「愛するということ」だ。それからというもの失恋するたびにページをめくる。この本は愛について語っているが、愛という現象について理論的に捉えた学術書で、巷に多く出回っているようないわゆる恋愛マニュアルではない。一行目にはこう書かれている。

 

—愛は技術だろうか。技術だとしたら、知識と努力が必要だ。—

 

 作者は愛は感情ではなく、技術だという。技術だから習得ができるんだよ。愛を諦めちゃいけないよって優しく伝えてくれる。今回は私が特にハッとさせられたり、ここ好きだなというおすすめ箇所を3つ要約してお伝えしたいと思います。

 

 

人間の秘密を知るための唯一の方法は愛

 

—生命は、純粋に生物学的な側面においては一つの奇跡であり秘密であるが、人間は自分にとっても他人にとっても一つのはかりがたい秘密である。—とし、その秘密を解きたがるのが人間だとした上で、—愛とは、能動的に相手のなかへと入ってゆくことであり、その融合において、私はあなたを知り、私自身を知り、すべての人間を知る。命あるものを知るための唯一の方法、結合の体験によって知るのであって、考えて知るわけではない。— 理科の実験のように相手を物理的にバラバラにし、科学的に研究を重ねてもそれだけでは人間という現象の秘密を知ることはできない。—愛こそが他の存在を知る唯一の方法である。結合の行為のなかで、知りたいという欲求は満たされる。愛の行為において、つまり自分自身を与え、相手のうちへと入ってゆく行為において、私は自分自信を、相手と自分の双方を人間を、発見する。—

 

 

②  愛するか愛せないかは相手次第じゃない

 

—愛とは、特定の人間にたいする関係ではない。愛の一つの対象にたいしてではなく、世界全体にたいして人がどう関わるかを決定する態度、性格の方向性のことである。ところが、ほとんどの人は愛を成り立たせるのは対象であって能力ではないと思いこんでいる。それどころか、誰もが愛する人以外は誰も愛さないことが愛のつよさの証拠だとさえ信じている。愛が活動であり魂の力であることを理解していないために、正しい対象を見つけさえすれば、後はひとりでにうまくゆくと信じているのだー

 

 

③人も自分も退屈させない

 

—じつは、退屈したり退屈させたりしないことは、人を愛するための大きな条件の一つなのである。思考においても感情においても能動的になり、一日じゅう目と耳を駆使すること、そして、なんでも受け取ってはためこむとか、たんに時間を浪費するといった、内的な怠慢を避ること。愛情面では生産的だが、他のすべての面では非生産的だ、といったふうに生活を分割できると思ったら大間違いだ。生産性はそのような分業を許さない。人を愛するためには、精神を集中し、意識を覚醒させ、生命力を高めなければならない。そして、そのためには、生活の他の多くの面でも生産的かつ能動的でなければならない。愛以外の面で生産的でなかったら、愛においても生産的にはなれない。—

 

 

皆さんはこれを読んでどう思うだろうか。どうやら愛は感情や思考でなく、体験や行為や世界にたいする態度であるらしい。能動的で生産的な、はたらきであるらしい。ラブストーリーのような甘ずっぱいものとは一線を画す、タフで習得には時間のかかる体験なのだ。これからもしごとしたり、遊んだり、生活したり、ボランティアしたりしながら能動的で生産的な、はたらきを通して愛の技術を磨いていきたいなと思う。

参照:エーリッヒ・フロム 愛するということ 鈴木晶訳

 

(momoレンジャー・まなみん)

2018.11.30

外国人技能実習生のアパートでご馳走になった話

こんにちは、momoレンジャーのたけひろです。

今回は、momoとは別で関わっている地域の日本語教室(日本に暮らす外国人向けに日本語を教える教室)*で出会ったベトナム人のTさん宅にて、ベトナム料理をご馳走になったので、レポートします。

 

Tさんは外国人技能実習生3年目です。

技能実習生は、基本的に3年間日本で働いた後、母国に帰国するので、帰国前に送別会をすることが多く、今回はその送別会に招待してもらいました。(ちなみに、Tさんは技能実習第3号をとって2年延長したため、実はまだ日本にいます。)

 

▲床に並ぶ豪華なベトナム料理、大人数の場合食卓を使わないことは現地でもよくあるとのこと

 

ベトナムでは、乾杯は食事の始めだけでなく、食事中に再び飲み物を飲む時にも乾杯をするようで、乾杯が盛んに行われていました。また、ベトナムではアルコール類の購入や飲酒の年齢制限がなく、子どものころから飲んでいる人も多いようで酒に強い人が多い印象を受けました。

 

Tさんは日本語を熱心に勉強し、日本語能力試験のN2*を取得していることもあり、日本人と難なくコミュニケーションをとることができます。しかし、同じアパートに住む他の実習生は、挨拶や簡単な会話しかできず、日本語でコミュニケーションをとることに少し苦労している様子でした。そのため、研修先企業と他の実習生がコミュニケーションをとるときは、日本語を話せるTさんが通訳をすることが多々あり、その狭間で大変な思いをすることもあるとのことでした。

 

▲鳥の丸焼き?ベトナム人の研修生向けにベトナムの食材を行商する在住ベトナム人から購入したとのこと。

 

▲揚げ春巻き、これが一番おいしかったです。

 

現在、国会で外国人労働者受け入れ拡大について議論されていますが、今後も数年は20代、30代の東南アジア出身の若者が、労働者として多く日本に来ることになると思います。現在、彼らは職場以外の日本人とほとんど関わる機会がなく、仕事だけして母国へ帰っています。地域の日本語教室は、そんな実習生と地域の人が交流できる場だと思います。日本語教室に来ている実習生は、日本についてさまざまなことを学びたいという方が多く、仲良くなればお互いの国の文化を分かち合えて、面白いと思います。みなさんも、自分の住んでいる地域の日本語教室をのぞいてみてはいかがでしょうか。

愛知県の日本語教室のこちら

各地の日本語教室で技能実習生が増えている。

日本語能力試験…N1~N5までレベルがあり、N3がある程度コミュニケーションがとれるレベルで、N2はさらに上のレベルで技能実習生で取得している人はかなり少数。